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元祖毒親本 スーザンフォワード「毒になる親」を読んで父と対決してみた

 近年、「毒親」という言葉が一般的になっており、毒親モノのエッセイ漫画や自己啓発本が多く発表されるようになった。そもそも「毒親」という言葉はアメリカのカウンセラーであるスーザン・フォワードの著書「毒になる親(原題:toxic parents)」に由来する。この本では親との関係に悩む患者たちとのカウンセリングを通して、毒親という概念、その対策、毒親に振り回されない生き方に至るまで事細かく説明されている。出版は1989年と30年近く前であり、2021年現在もカウンセリングを受けることや親を批判することがタブーとされる日本がいかに遅れているかと感じさせる。


◯人のせいにしてはいいのか

 近年のベストセラーになった本は「嫌われる勇気」「7つの習慣」「反応しない練習」など心理学的なアプローチに関するものが多い。マインドセットや瞑想も人気で、物質的な豊かさを追い求める時代から精神的豊かさや幸福を求める時代に変わってきているのを感じさせる。そういった本に書いてあることがすでにひととおり「毒になる親」にも書いてあった。つまり、怒りや悲しみといった自動的にわきあがる自分の感情を俯瞰的に見ることで冷静に相手に対処出来るということである。俯瞰することをメタ認知ともいう。相手を変えようとするのではなく、相手に振り回されないようにすることで自分の人生を生きよ、ということだ。アドラー心理学ではこれを「課題の分離」と呼んでいる。だが「毒になる親」がアドラー心理学と大きく違うのが、現在の苦しみを毒親による過去のトラウマによるものとしている点だ。アドラー心理学はトラウマの存在を否定し、苦しみの理由は自己にあるという。これが自己犠牲的な観念を持つ日本人の心に刺さったのだと思う。わたしも親に過去に親にされたことが苦しかったことを話せば、「人のせいにするな」「過去のことをいつまでも言うな」と言われる。しかし、本当に人のせいにしてはならないのだろうか。過去のことは現在の苦しみに何も関係していないのだろうか。「毒になる親」では以下のように述べている。(以下抜粋)

「自分の問題を他人のせいにしてはならない」というのはもちろん正しい。 大人としてのあなたの責任とは、現在自分が抱えている問題に対していますぐ建設的な対策を講じ、問題を解決する努力をすることなのである。


◯親と対決していいのか

 毒親との「対決」を勧めているのも本書の大きな特徴である。過去に親にされたこと、その時の気持ち、それが自分の人生に与えたこと、これからしてほしいこと、を親にはっきり伝えることによりのみ、過去のトラウマから解放され、心のなかに住んでいる傷ついた子供を癒し、苦しみや怒りを外に出すことが出来るという。これも和をもってよしとなす日本人には難しい話である。実際、本書でもこの「対決」をすれば親は怒ったり悲しんだりして親子関係が変わってしまうだろうと述べている。そして結果的に大事なのは親を変えられるかではなく、自分が親に対決出来たということだと言う。


◯親とどのように対決するか

 本書では他にも毒親が使いがちな言葉とそれに対する有能なワードが多く紹介されており、それをロールプレイングや架空の手紙書きで反復練習することで毒親と対決することが推奨されている。(以下抜粋)

「あぁ、そうなの」
「あなたがどういう意見を持とうと、もちろんあなたの自由ですよ」
「あなたが賛成してくれないのは残念ですが」
「それについてはもう少し考えさせてください」
「これについてはあなたがもう少し冷静なときに話し合いましょう」
「がっかりさせて申し訳ないけれど」
「あなたが傷ついたのは気の毒だけれど」
「あなたはもちろんそういう見方をするでしょうけれど」
「わたしのことをそうやってののしったりわめいたりしても、何も解決しませんよ」
「そういう決めつけは受け入れられません」
「あなたがそういうことを言うこと自体、こういう話し合いが必要だという証拠です」
「わたしに対してそういう言い方をするのはよくないことです」
「わたしの話を最後まで聞くと同意したでしょう」
「あなたが覚えていないからといって、この事実がなかったということではないのですよ」
「あなたは覚えていなくても、わたしは覚えています」
「そうやってわたしのせいにするのは勝手だけど、そんなことをしてもわたしが子供のときにあなたがしたことの責任を逃れられるわけではないのですよ」
「悲しい思いをさせて申し訳ないけれど、だからといってやめるわけにはいかないんです。わたしも長い間傷ついてきたんですから」
「あなたの怒りの原因について話し合うなら喜んで応じるが、わたしをそのようにののしったり侮辱するのはもう許さない」
「あなたがそんな風にしてわたしを困らせようとするのをやめる気になったら、わたしはいつでも話し合いに応じますよ」
「わたしはリスクをおかして自分の気持ちを正直に話したのです。あなたもそうしてみたらどうですか」
「あなたが手助けしようとしてくれるのはわかりますが、この問題はあなたには理解出来ないことなのです。だからいまあなたと特に話し合いたくありません」
「あなたは自分のよく知らないことに対して独断的な決めつけを行っています」


◯自分の親は毒親なのか

 わたしはこの本の中のことが本当によく当てはまっていて、読むのが苦しいくらいだった。わたしは父に対する行き場のない怒りをずっと抑えこんでいて、それはときどき噴火する火山のように外部からのプレッシャーが高まると爆発していた。何をしていても自分が不十分なように感じていた。父はけっして満足することはなかった。わたしがどれだけやっても不満なのだ。父はわたしが自分の望むようにならないことは全て悪いほうに解釈した。わたしが自分の思い通りにならないと、大声でわめいたりひどい言葉でののしった。わたしは何を達成したかという外面的なことによってのみ、自分の価値を証明しなければならなかった。父は不機嫌な顔をしたり、うるさく小言を言うことで家族をコントロールしていた。わたしの子供時代には、自分は愛され守ってもらっているという安心感はなく、いつも何かに追いかけられているような不安感から逃れられなかった。父は子供を叩きたいという自分の衝動をコントロールできず爆発させることがあり、その行動が子供の心にどのような結果をもたらすかということに無自覚だった。(日本では体罰が子供に必要と考える人が多いが体罰は一時的に押さえつける効果があるだけで子供の心に強い怒りや復讐心、自己嫌悪、大人に対する不信感を植えつけるだけだ。その怒りが自分の内面に向けられ、体の反応になって現れる。いつも体がだるい、抑うつ症状などがよくあるパターンである。)父は子供はどんなことでも親の言うことを聞くべきだ、親のやり方がぜったい正しい、子供は親に面倒をみてもらっているのだからいちいち言い分を聞いてやる必要はない、と考えていた。子供が怒りの感情を自由に表現することは許されず、その特権を持っていたのは父だけだった。謝るということが出来ず、そんなことをしたら面目を失うとか、軟弱さの証拠だとか、親の威厳がなくなると考えていた。(だが本来間違いをした時に謝ることが出来る人というのは人格者であり、そういう行動は勇気があることの証拠である。)


◯実際に対決してみた

 過去に親にされたこと、その時の気持ち、それが自分の人生に与えたこと、これからしてほしいことの4つを伝えるためにわたしはスライドを作成した。それが以下の画像である。
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 ここで自分の言葉で今まで父にされた過干渉やコントロール、大声で怒鳴られることがどんなに恐ろしいことか、現在のわたしの精神に負の影響を与えているか、わたしがわたしのことをするのにもう何の干渉もしてほしくないこと、言いたいことは怒鳴らないで静かに伝えてほしいことを説明すべきだった。しかし、わたしは恐怖で何も言えなかった。父はしばらく画像を見てから「それはお前が電話に出ないからだろ!」「お前が医学部に行けたのも誰のおかげだと思ってるんだ!」などと怒鳴りだした。そこで「わたしのためにしてくれたことには感謝している。だがそういうことがあったからといってあなたがわたしにいつもひどい言葉で傷つけたこと、わたしを侮辱したこと、過干渉とコントロールでわたしを苦しめたことを埋め合わせることにはならないんです」と冷静に返さなければならなかったのに、わたしはなんだか笑ってしまった。怒っている人を見て怖いのに笑ってしまったのだ。子供時代は父が怒鳴れば怖くて泣いていた。でも今目の前にいたのは、目の下が窪み口がへの字に曲がっている太った背の低い老人が、鬼のような形相をして訳のわからないことを大声でわめいている姿だった。人前で感情をあらわにして叫ぶなんて滑稽でみっともないとさえ思った。


毒親の親は毒親

 彼ら毒親の行動の根源には自分自身の人生に対する根深い不満と自分が見捨てられることへの不安があるという。自身も親から暴力を受けて育っているケースが多く、家庭では体罰が当たり前になっていた傾向にあるらしい。大人になってからの行動の多くは、自分が子供の頃に体験し学んだことの繰り返しである。自分の力では対処出来ない問題が起きたとき、あるいは自分が対処しきれない感情、特に怒りが生じたとき唯一取ることの出来る行動が暴力だったのである。子供の時から感情的に満たされず大きなフラストレーションを抱えたまま大人になっている。つまり彼らは情緒面では子供のまま成長してしまったのだ。負わされたものはその原因になった人間に返さない限り、次の人に渡してしまうという。でも、この家系の負の連鎖を断ち切れば後の世代をも救うことになる。わたしがそれになれたかはわからない。ただわたしはこれから自分の子供をもうけることはないし、兄はいい父親をしているようなので連鎖は止まったのだろう。そう、思いたいです。

【現代の駆け込み寺】東京のホステルおすすめ6選

 私には住所不定無職だった時期がある。2018年9月、上司と喧嘩して勤務していた北関東の病院をやめた。精神的体調を崩して東京の実家に戻ったものの父母の反応は冷たいものだった。私はかねてからの気分の落ちこみに加え、吐き気や立ちくらみ/倦怠感/食欲不振/便秘/過眠といった身体的な症状に悩まされており、私はだめな人間だ、と思って病院のトイレで泣いていた。だが65歳以上の父母に精神疾患への理解があるはずもなく、実家で何もしない私に対して着替えろ風呂に入れと怒鳴ったりしていた。食事の時間は沈黙で気まずく、話しかけても冷たい反応をされるだけだった。母は私に「外で部屋を借りなさい、パパはもう少しで爆発しちゃうから」と言った。とはいってもすぐに物件を探して契約するなんて出来ない。2018年11月、私はリュック1つで実家を出てカプセルホテル暮らしを始めた。カプセルホテルというと危険なイメージを持つ人が多いかもしれないが、現代のカプセルホテルはホステルと呼ばれ、シンプルで機能的な空間となっている。個人に与えられるスペースは狭くとも充電できるコンセントやフリーwifiがあるし、その狭さがあなぐらにもぐりこんだ感じで落ち着く。リネン交換やシャワー室もあって清潔だ。女性専用のフロアがあるところも多く、安全面が保たれている。それにとにかく安く1泊2000円程度で泊まれるところが多い。私が家出していた頃、ホステルは外国人観光客の利用者が多かった。しかしコロナ渦で外国人観光客がいなくなり、私が最も気に入っていたセンチュリオンキャビン赤坂スパもなくなってしまった。このホステルは建物全体が女性専用で、大浴場やサウナ、館内着の貸し出し、フリーのお茶/雑誌などがあって本当に居心地がよかった。私と同じように長期滞在している年配の女性がいたりして、その人がどんな人生を送ってホステル暮らしをしているかと思いを巡らせていたものだ。ホステルは観光客の宿泊施設というだけではなく、行き場を失った人を受けとめる現代の駆け込み寺であった。ホステルは特に浅草に多くあり、外国人観光客向けに和風の小物が飾られたり、畳がひかれた共用スペースで宿泊者同士が交流できるようになっていたりする。1泊2000円なら1週間いても14000円だ。行き場のない人にはホステル暮らしを勧める。以下に特に勧められるホステルを紹介する。


①ナインアワーズ(成田空港、北新宿、神田、大手町、赤坂、蒲田、半蔵門、浜松町、水道橋、新大阪、なんば、名古屋、博多、中洲、仙台)

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http://www.booking.com/Share-DIrBGk
 
 ナインアワーズ浅草を愛用していたのに閉業してしまっていた。だがナインアワーズは浅草以外にもたくさんあり、どこもほとんど同じ構造だ。とにかく機能的で無駄のない白い空間に泊まることで実験動物になったかのような、宇宙旅行に来たかのような気分になれる。ナインアワーズといいつつ連泊すれば24時間以上いられる。歯ブラシがもらえたり館内着の貸し出しがついてくるのもありがたい。


②BUNKA HOSTEL TOKYO(浅草)

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https://bunkahostel.jp/ja/

 浅草駅近くのモダンなホステルなのだが現在休業中だった。ホームページを見るといずれ復活するらしい。このホステルのいいところは1階が居酒屋レストランになっているところだ。ホステルに引きこもっていて困るのが食事だ。それでもこのホステルなら、外に出て食事を調達する気力がなくても1階のレストランで事足りる。もうここだけで生活が成り立つだろう。


③カオサン東京サムライ(浅草)

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http://www.booking.com/Share-oFUFSi

 サムライという名前のごとく和風なインテリアで外国人が喜びそうな要素がつまったようなホステルである。共用スペースに座敷とキッチンがあり、アットホームな雰囲気のなかでパソコンを開いたりおしゃべりを楽しんだりと、それぞれ思い思いに過ごすことができる。

 
④ゲストハウスtoco.(入谷)

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http://www.booking.com/Share-RYMU4I

 入谷駅近くの住宅街にある古民家を改装したホステルである。小さな日本庭園を縁側からながめ、木製の2段ベッドで寝ればおばあちゃんの家に来たような懐かしい気分になれるだろう。夜はバーで、朝はキッチンでスタッフの方の手作りのあたたかい食事をいただくこともできる。ただシャワーはついておらず近隣の銭湯を利用することになる。


⑤BOOK AND BED TOKYO(新宿、心斎橋、京都)

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http://www.booking.com/Share-lFVshO

 泊まれる本屋というコンセプトのホステルで、本がきれいに並べられた本棚のなかに眠るスペースがあるような構造になっている。個人スペースが狭くて女性専用エリアもないのだが、インスタ映えするインテリアを見るだけで楽しい。もちろん置いてある本は読み放題だ。ドリンクの注文やデイユースもできる。支払いがクレジットカードのみで現金は使えないのでそこは気をつけたい。


⑥トレインホステル北斗星(馬喰町)

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http://www.booking.com/Share-yKRXjT

 惜しまれつつも引退した寝台列車北斗星を再現したホステルである。実際の寝台列車の部品が再利用されており、トイレのドアもかつてのA寝台ロイヤルの扉がそのまま使われている。共用部ラウンジ/キッチンの“グランシャリオ”で車内放送や走行音の動画を聞けば、もうそこは寝台列車北斗星そのものだ。


※他にも個性的なホステルがたくさんある。コロナ渦で大変な苦境に立たされているかもしれないが、ホステルの文化がなくなって欲しくないと思う。ただ気にとめておきたいのはホステルで与えられる個人スペースは、座る分には問題ないが立つことは難しいくらい狭いということだ。トイレ、シャワーは共用だし、個人スペースに鍵をかけることは出来なくてカーテンなどの仕切りしかない。貴重品は常に身につけるなど、防犯の意識を忘れないようにしてホステルという空間を楽しんでほしい。


 

 

「お前はお父さんの本当の子じゃないんだよ」といういたずら電話の犯人がわかった話

 電話が嫌いだ。あのうるさい着信音が鳴ると生理的な不快感でいっぱいになる。たいていの事はメールやラインで済むのに連絡手段が電話しかないと困るし、急ぎの用でもないのに電話をかけてくるやつも滅んでほしい。しかし私の職場内の連絡手段はPHSなので、勤務時間中よく鳴るプププ…という音に悩まされている。少しでも早く鳴るのを止めてほしいので出来るだけ早く出るようにしている。厚かましくも、人の時間に突然けたたましい音で割り込んで強制的にコミュニケーションをとらせる電話というものは、人類最悪の発明だろう。


 私は小学生から高校生になるまでのかなり長い期間、「お前はお父さんの本当の子じゃないんだよ」といういたずら電話に悩まされていた。他のバリエーションとして「お前は浮気で出来た子なんだよ」、「◯◯(私の通っていた中学校)は裏口なんでしょ」といったものもあった。いたずら電話の主は私と同じ年頃の女の子供の声で、私が家の電話に出たときのみ、少し無言になってから「お前はお父さんの本当の子じゃないんだよ」といった事を言ってからブツっと電話を切る。両親に相談して家の電話番号を変えてもらってもその電話は来た。私はもう家の電話に出ないようにしていたが、数年たって忘れた頃にまた来る。当時は同じ学校の女生徒だと思っていた。その頃はそれぞれの家の電話番号が連絡網にのっていたので、同じ学年の生徒であれば電話番号が変わっても新しい番号を知ることが出来る。それにしても5年以上にわたってそんな電話をかけるものだろうか。それほど長い間同じ人に恨まれる覚えはなかった。私はほとんど家の電話に出ないようになっていたが、大学生になる頃にはそのいたずら電話自体来なくなっていたように記憶している。


 いたずら電話の犯人の正体がなんとなくわかったのは私が大学4年生の3月のことだった。父母から父には別の家庭があり、私の異母兄弟がいること、父母が結婚していないことを知らされた。そして今度は私の父母が結婚して、私と母の名字が父の名字に変わるということだった。これまで私にそんな重要な事を知らせていなかったことに対して、申し訳ないとか後ろめたそうな感じは一切なく、むしろ私のためにして面倒な手続きをしてやったという態度であった。私の異母兄弟は兄が3人と姉が1人いるらしい。ここで私はいたずら電話の主がその姉なのではないかと思った。私と同じ年頃の女の子供の声、「お前はお父さんの本当の子じゃないんだよ」という言葉、数年にわたって嫌がらせをするだけの理由がある人、電話番号が変わっても新しい番号を知りうる人。それに該当するのは会ったこともない姉しかいない。その事を父に聞くと、「あいつは◯◯(私の通っていた中学校)に受かる頭ないからな!嫉妬したんだろ」とのことだった。異母兄弟の長兄にも聞いてみたところ「わからないけど」と言って否定も肯定もしなかった。でもそれが答えだと思う。兄が姉のことをそんなことをするはずがないと思うなら、そう言うはずだ。そう言わなかったのは兄のなかでその可能性が高いのではないか、と考えたからではないだろうか。


 真相を確かめることは出来ない。もし犯人が姉ではなく第三者であるなら、姉に不信感を抱かせるという事を私に強いたということになる。だが状況からしていたずら電話の主は姉だろう。私は父が別の家庭を持っていることを大人になるまで知らず、父と母/私の名字が違うことに関心も持たずにのんきに過ごしていた。その間、姉は何を考えて暮らしてきたのだろう。「これからはママと◯◯(私の名前)でやっていくんだ」と平気な顔で言っていた父が理解出来ない。今でも私の前で異母兄弟のことを「あいつはろくに仕事が出来ない」、「親の言うこと聞かないでろくな生活してない」などと言える父が理解出来ない。いつか姉に会って、姉の気持ちを聞けるの日が来るのだろうか。そんな機会がこれからあるとすれば父の葬式だろうが、その時私はおそらく軽く会釈をするくらいしか出来ないだろう。それでいいし、血縁だろうとそんなものだと思う。

医学部の裏口入学および女子受験生冷遇にみる私立医学部の実情

 2018年頃、東京医科大学医学部において裏口入学があることが報道されたことで、医学部入試において女子受験生が不当に冷遇されていることが明らかになった。テレビや週刊誌ではセンセーショナルに取り上げられていたけれど、医学部受験業界では東京医科大学だけでなく、某T大医学部などあらゆる私立医学部に裏口入学があることも、女子受験生が男子受験生に比べて合格しづらいことも公然の事実だった。裏口入学は双方のメリットのもとに成立している。大学側は常に赤字でお金を必要としているし、受験生は受験戦争から解放されて海外旅行に行くことを望んでいるのだ。そして大学上層部と受験生の縁者親類のコネをもとに裏の契約にいたる。女子受験生が男子受験生に比べて合格しづらいのは、単に試験の点数で合格者を決めると女子の方が多くなってしまうからである。東大医学部など最高峰の争いでは天才性のある男子が優勢だが、私立医学部受験という2番手の争いでは真面目な女子の方が強い。だが医学部入学者はそのまま全員医者になる(ことになっている)ため、女子の方が多いと大学医局が確保できる男性医師は確実に減る(と思われている)。女医でもいいじゃないかとも思うが、実情として外科・整形外科・循環器内科といった圧倒的に男性の割合が多い医局は、医師が確保できなくて困ることになるだろう。医学部受験においてある程度の男女比率調整は必要悪なのだ。だが、裏口入学が必要悪かというと明らかに「悪」の方だとわたしは思う。裏口入学者は質が悪い。裏口入学をさせるような親から産まれてきたからなのか、ペーパーテストや面接によるふるいにかけられていないからなのか、とにかく倫理観の低い学生が多い。

◯犯罪者、逮捕者
 わたしの通っていた医学部の同じ学年の学生は特に質が悪かったのか、犯罪者・逮捕者が複数出ている。詳しく書けないし、そもそも詳細不明だが1学年に100人程度しかいないのに犯罪者や逮捕者が出ているなんて打率高すぎではないだろうか。倫理観の低さがうかがえる。


新興宗教
 詳しく書けない。


◯金銭感覚がおかしい
 私立大医学部の学費はケタ違いに高い。そのため多くが医者家系の子女である。初対面では「親、医者なの?」といった会話がお決まりになっているくらいだ。もちろんお金持ちだから性格が悪いわけではない。だが性格の悪いお金持ちはたちが悪い。平気で数十万単位のお金をパチンコですったことを自慢げに話したり、大勢の飲み会を開いて会計のお金を全て払ってしまったりする。それは全て親のお金だが、後輩にありがとうございます!とか言われていい気になっている。


◯プライドが高くてコンプレックスが強い。弱いものいじめをする。
 おそらくプライドとコンプレックスは比例している。自分の学力が低いというコンプレックスの強さはプライドの高さとして現れる。自分が少しでも下に見られることが許せず、人を蹴落としてでも自分が優位にたちたいと思っている。自分より劣っているものを助けようなどとは思わず、馬鹿にして笑い者にする。


◯性的関係が乱れている
 性的倫理観に乏しく、男子であれば他学部の女子をヤり捨てたり、女子であれば誰とでも寝たり友達の彼氏を奪ったりする。そのため医学部という狭い人間関係の中で性的関係が数珠状に繋がっている。


◯秘密主義
 医学部内の試験は国家試験と違って絶対評価であるからお互いに助け合うべきなのに、試験情報を隠す。または限られた仲間うちに留めようとする。医学部において厳しい進級・卒業試験に通るかは死活問題なので、だれだれが情報を隠しているんじゃないか、などと互いに疑心暗鬼になっている。


 ここまで人間関係の悪いところが煮詰まってしまったのは、学生のせいだけではない。厳しい出欠管理や試験の連続、拘束時間の長い実習、閉鎖的な人間関係のなかで医学部生は常にストレスフルな状態にある。将来何科の医師になるかに関わらず、全ての科の範囲の勉強をしなければならない。そして医学の発展が進む分、試験に出る範囲も増えていく。ノイローゼになって欠けていく同級生、いつの間にか後輩になっている先輩を見ていくうちに医学部生は病んでいく。そういった集団に一滴でも倫理観の低い学生を混ぜれば、たちどころにガスを撒き散らして通常の学生に悪い影響を与え、悪い影響を与えられた学生が他の学生に悪い影響を与え…、いずれ集団全体の倫理観が下がっていく。そして数年後その集団は大学病院に入局する医師になるのだ。裏口入学は短期的にみれば大学にとって経済的利益になるだろう。だが長期的にみれば必ず自らの首をしめる結果になる。目先の利益にとらわれて結局は損をするのだ。朝三暮四。大学側は将来の社会を支える医師を育てるためにも、ある程度の男女比率調整はともかく、裏口で質の悪い学生を入学させるのはやめてほしいと強く言いたい。

恐怖!友達を泊めたら勝手に合鍵を作られていた話

 友達を家に呼ぶのが好きだ。一人暮らしで話し相手は猫しかいないので、友達が来てくれるとうれしくなる。料理を用意したり、テレビ番組やDVDで面白い映像を見せたり、猫に芸をさせたりととにかく相手が恐縮してしまうくらい歓待してしまう。友達が帰ろうとすればさびしくなるが、いざ友達が帰ると少しほっとする。やはり自分の陣地には自分しかいないほうが気楽だ。


 あれはわたしが社会人になったばかりの頃の話だ。その頃わたしは研修医として大学病院付属の病院で働いており、大学の敷地内にある寮に住んでいた。同じ敷地内には大学の薬学部もあり、わたしの中高の同級生が学生として通っていたので、わたしの部屋まで遊びにくることがあった。その友達は高校の指定校推薦を受けて某有名私立大に行くことになっていたが、途中で薬学部に進路変更し、わたしの通う大学の薬学部に編入してきたのだ。その事は推薦してくれた母校への裏切りというか、そいつがそんな事をしなければ同級生の別の誰かが某有名私立大卒の称号を手に出来たのに、とも思ってしまう。だが、それは今回の主題ではないので置いておいて、そいつがわたしの部屋の合鍵を勝手に作ったのだ。


 なぜ合鍵を作られた事に気がついたかというと、そいつがわたしの部屋に泊まっていった次の日の事である。朝、そいつはわたしより早く部屋を出ていった。布団が敷きっぱなしだったのでおいおいと思ったが、わたしもその後すぐ鍵をしめて家を出た。昼になってわたしは忘れ物をとりに部屋に戻った。すると不思議、布団がきれいにたたまれていたのである。なぜ?わたしはちゃんと鍵をしめてから部屋をでた。そしてその時には布団は敷きっぱなしだった。だが今、布団はたたまれている。答えは一つしかない。どうやったかはわからないが、わたし以外に鍵を持っている人間がいてそいつが布団をたたんだのだ。そしてそんなことするやつは一人しかいない。すぐにラインで連絡をとった。するとそいつはあっさり認めた。「荷物とか置いてあるからその時のために合鍵作っておいたんだよ😊」とのことだった。前にわたしの家で飲み会をしたとき、わたしの終業時間より早くそいつの授業が終わるため、鍵を一時的に貸したことがあった。その時に勝手に合鍵を作られていたのだ。「いいから合鍵返して」と繰り返すと「そんな疑うようなこと言われて悲しい😞」とのことだった。「悲しいのはこっちの方だよ」と返信してそいつとは縁が切れた。会うのも嫌だったので、合鍵は郵便受けに返してもらった。


 何が言いたいのかというと、どんなに信頼できる人でも、たとえほんの一時でも、自分の家の鍵を渡してはいけないということだ。それは思いもよらない事態を生む恐れがある。わたしだって友達が了承なしに勝手に合鍵を作るなんて、完全に想定外だった。家に招くくらい仲の良い友達でも、中高からの同級生でも他人であり、他人には他人の常識があるのだろう。現在2021年の4月なので、新しい環境で新しい友達を作っている方も多いかと思う。だけれど、どんなに信頼している友達でも家の鍵を渡してはいけない!それだけは伝えておきたい。

【産業医プレゼン】新型コロナウイルスワクチンを打ってきました

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大腸カメラを受けてみたけれど肛門から何か入ってくるなんて普通の事じゃない

 前からいつかは大腸カメラを受けようと思っていた。というのも、わたしは大腸カメラをやる側なので患者さんの感覚を知ってみたかったのだ。全く痛くなかったという患者さんもいれば、痛くてたまらなかった患者さんもいた。開腹の手術歴や子宮内膜症の既往があると、腹膜が繊維化して大腸カメラが痛くなりやすいようだが、それだけでは説明できないことも多かった。あと1ヵ月で女性の内視鏡の先生が退職されるということもあり、急きょ大腸カメラを受けることにしてみた。


○前日夜

 前日は消化のよいものを少し食べ、下剤を飲むことになっている。お腹が空いてしょうがなかったが、ピコスルファート(シンラック)という液状の下剤をビールで流し込んだ。今までさんざん患者さんにピコスルファートを処方してきたのに、初めてピコスルファートが甘いことを知った。やはり何ごとも経験してみるものだ。下剤を飲んでも何ともなかったので、まぁ明日でればいいかと考えていた。しかし2時間後、地獄をみることになった。吐き気と腹痛、下痢でトイレを離れられない。もともと便秘ぎみだったせいか、とにかくお腹のぜん動が痛い。トイレに何度も通っていたが寝ないわけにもいかないと思い、ベッドに戻って無理やり寝た。


○当日朝

 昨日の苦しみはなんだったのかというくらい爽やかに朝を迎えた。当日は検査までにマグコロールという液体の下剤を1800ml飲んで、便を透明にしなければならない。便が残っていると大腸カメラをしても便が邪魔でうまく腸を観察できないのだ。よくダイエットサプリの広告では腸にこびりついた宿便をすっきり出して体質改善!とか言われているから、腸内の便を全部出したらすっきりするのかと思っていた。しかし現実ではそうもならず、脱水でぐったりとしてしまった。マグコロールがポカリスエットのような味なのでおいしくゴクゴク飲んで、水を飲むのをおこたっていたのだ。マグコロールの水分は水様便として全て出てしまっていたようだ。検査前からグロッキーになりながら看護師さんに点滴をしてもらい、おしりのところに縦の切れ込みが入っている紙のトランクスに着替える。いよいよ名前を呼ばれて検査室に点滴棒を引きながら入った。


○大腸カメラを受ける

 大腸カメラを受けた病院は私の勤務している病院であり、先生も看護師さんも同僚なのでなごやかな雰囲気だった。先生におしりを向けるように診察台に横になる。目の前には大腸カメラからみた映像を写す画面があった。わたしも大腸カメラをやる側として流れもわかっているのだが、かなり緊張していた。よく考えれば肛門から太さ1cm以上、長さ1m以上の黒いホースのような医療器具を入れるなんてどうかしてる。まず肛門に先生のゼリーのついた人差し指が入る。大腸カメラが入りやすいように潤滑剤を塗るのだ。そして大腸カメラが入ってくる。わたしが大腸カメラをやるときは「肛門に力が入っているとカメラが入らないので力を抜いてくださいね」などと声をかけていた。だが自分が大腸カメラを受ける側になって無茶言うな、と思った。肛門から何か入ってくるなんて普通の事じゃない。大腸カメラの最初の関門はS状結腸を越えることだ。大腸は肛門から直腸、S状結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸、盲腸で構成されており、そのなかでS状結腸、横行結腸、盲腸は腹膜に固定されていない。そのため腹腔内をぶらぶらとしており、大腸カメラを入れずらい構造なのだ。S状結腸を越えるのは内視鏡のドクターの技術が必要になってくる。しゃくとり虫のように少し進んでは引いて腸を大腸カメラでたぐりよせていくのだ。これをpull 法というが、うまくいかない腸の場合は大腸カメラを押し入れてS状結腸を越える。これをpush法という。当然、pull法の方が痛くないのだが、わたしの腸は後者の方だったようだ。先生が「ダメだ」と言いながら、わたしの腸にグイグイとカメラを入れてきた。腸に痛みを感じる神経はないが、腸からつながった腹膜には神経があるので、わたしの腸は引っ張られてものすごくお腹を下したときのような痛みが広がった。しかもわたしは「どんな感じなのか体験したいから鎮静剤の点滴は使わなくていいですよ!」と言いのけていた。「イタイイタイって!ホリゾンホリゾン使って~!」などと情けないことを言っていたが、先生は全く動じずにカメラを進めた。しかも肛門にぬったゼリーには痛み止めが入っていなかったので、先生がカメラを押したり引いたりするたびに便を強制的に出し入れさせられているような感覚があって気持ち悪かった。普段はキシロカインゼリーという痛み止めが肛門に塗られるのだが、キシロカインゼリーを作っている小林化工が水虫の治療薬に睡眠薬を混入させていまうという事故を起こしたことで業務停止をくらい(※1)、キシロカインゼリーが不足していたのだ。あとでキシロカインゼリーを追加してもらったら、肛門の感覚が一気になくなって楽になった。以前はこんなゼリー塗るくらいで効くのかなぁと思っていたのだが、すごい威力を持っていたのだ。S状結腸を越えてしまえばあとはなんということもなかった。あっという間にカメラは盲腸まで到達し、腸内を観察しながら抜かれていった。わたしは満身創痍になりながら「もう適当でいいですよ」と言ったけれど、先生は「ダメですよちゃんと見ないと」と優しく答え、小さなポリープを見つけて取ってくれた。若年でも無害な小さいポリープがあることはある。終わってしまえば解放感ですっきりとした。ずっといつかやろうと思っていたことが終わったのだ。わたしの年齢からしてあと20年は大腸カメラをやることはないだろう。


○1週間後

 1週間後に大腸カメラでとったポリープの病理結果がでた。腺腫ということだった。腺腫は大きくなると癌化することがあるので、「これから2~3年ごとに大腸カメラを受けたほうがいいですね」と言われてしまった。祖母が大腸癌だったのでそういう家系なのかもしれない。え~!と思ったけれどあと2~3年はあの経験をしなくていいのだ。大腸カメラをやる側からすると、1日に何件もある検査のひとつにすぎないような気がしてしまうが、患者の立場になるとたいへんな精神状態を乗り越えなければならないものなのだな、と悟ることができた体験だった。お会計は18000円、ポリープを取って病理検査をしたので通常より高くなっていたはずだ。痛いときもあったけれどそれは1分間続かないくらいだったし、今回は鎮静剤を使っていなかった。大腸カメラは気合いを入れればいつでもできる検査だと思うので、必要な人は受けてみることをおすすめします。


※1 小林化工に業務停止命令
https://news.yahoo.co.jp/articles/f08f4fe3d737175829e66595bc0e7318abf8592a

icl(眼内レンズ)の手術を受けて視力矯正してきた

 視力矯正の手術をずっと受けたいと思っていた。D-3.75のコンタクトレンズを使っていたけど、お金もかかるし装着もめんどくさい。だからメガネで過ごすことが多かったけど、メガネもメガネでいつもきれいに磨いておかないと視野が曇るのがわずらわしかった。視力矯正の手術としてはレーシックが有名だが、レーザーで角膜を削るのも怖くてicl(眼内レンズ)の手術を受けることにした。iclは角膜に小さな切れ込みを入れ、そこから眼内レンズ(コンタクトレンズのようなもの)を入れる手術のことだ。問題があればレンズを取り出すことができるのも安心だと思った。


◯大学病院に予約を入れる

 手術を受ける病院として北里大学病院を選んだ。神奈川県の相模大野駅からバスで30分とアクセスは悪いが、眼内レンズが開発された当初から手術をしており、症例数が多い。都心のクリニックでも眼内レンズの手術をしているところはあるけれど、眼内レンズの歴史は浅いので20~30年といった長期の合併症については未知数だ。将来的に何か問題が起きたとして、その時も存在する病院と考えると大学病院なら大丈夫だろうと思った。大学病院は基本的に紹介状がないと受診できないので近くの眼科クリニックで紹介状を書いてもらった。この時点でいろいろな検査も含めて5000円近くかかった。そして電話で大学病院の外来予約をとった。


◯術前検査を受ける

 術前検査を受けるにあたって、正確な検査結果を得るために2週間コンタクトレンズをつけてはいけないらしい。2週間メガネで過ごしてから、有休をとって再び北里大学病院に向かった。建て替えたばかりらしく病院はきれいで広かった。術前検査はランドルト環による視力測定(Cのような記号を見せられて上下左右どこに穴が空いてるか答える)、よくわからない機械で眼を何度も撮影されるなど3~4時間に及ぶ徹底したものだった。採血や心電図といった一般検査もあった。その後、眼科医の診察を受けた。今まで知らなかったが、わたしは近視に加え乱視も入っているらしい。それも含めて矯正していくこととなった。レンズの取り寄せに時間がかかるらしく、手術日は2ヶ月ほど先に決まった。


◯手術日に病院に向かう

 日帰り手術なので午前8時半に病院集合だった。看護師さんに案内を受けて術衣に着替え、瞳孔を開かせる点眼薬をさして、セルシンという抗不安薬を内服した。この時点でわたしはようやく眼科の手術を受ける実感がわき、恐怖で指先が冷たくなった。同時に手術を受ける人がふたり横に座っていた。一人は同じ年頃の男性で、もう一人はおばあ様だった。男性の方は前に眼内レンズの手術を受けて特に問題なく過ごしていたらしいのだが、顔をぶつけたときにレンズがずれてしまってそれをなおす手術を受けるらしい。「これからその手術なのに不安にさせることを言ってすみません」と言ってくれた。おばあ様の方は白内障の手術らしく、怯えているわたしに「もうここまで来たら考えてもしょうがないでしょ」となぐさめてくれた。やはり年の功はすごいなと思った。時間になり、看護師さんの先導で手術室に連れていかれることになった。瞳孔を開かせる点眼薬の効果が出ていて、視界はまぶしく近くの文字は見えない状態だった。


◯手術を受ける

 歩いて自動ドアを通過すると、とにかく白くて広い空間に手術室がたくさん並んでいた。わたしの受ける眼科の手術は30分もかからないような手術だが、隣の手術室では他の科の大きな手術も行われているようだった。手術室の緊張感あふれる雰囲気にのまれてしまい、看護師さんに「ちょっとトイレ行っていいですか」と尋ねてトイレにこもった。わたしは緊張するとお腹を下すのだ。ホーンテッドマンションに友達に無理やり乗せられる前にもトイレにこもっていた。トイレを済ませてから手術室に戻った。眼科の手術室は広くリクライニングシートのようなオペ台が横に3列並んでいた。瞳孔を開かせるためなのか暗かった。とうとうわたしの番になってオペ台に座った。オペ台が動いてあおむけの状態になる。この時点が恐怖のマックスで、わたしはどうしてこんなつらいことを自ら望んですることにしてしまったのだろうと考えていた。たがもう後戻りは出来ない。開瞼器という冷たい金属でまぶたを上下固定され、強制的に開眼させられた。点眼麻酔のあとメスで角膜に切り込みを入れられる。よくこの手術を受けた話をすると「メスとか近づいてくるの見えるんでしょ!?」と言われるが、眼が乾燥しないように先生が常時水をかけてくれるので、プールの中で眼を開けているような視界のなか何が起きているのかよくわからなかった。点眼麻酔が効いていて痛くもない。とにかく怖いだけだ。そして角膜の切れ込みからヒアルロン酸を注入されてから、眼内レンズを注入される。眼内レンズはたたまれた状態で注射器の中に入っていて、その注射器から眼内に注入されるのだ。その後眼内で先生が位置を調整する。注射器で眼を押されたとき、わたしの意思とは関係なく眼球が動かされるのを感じた。すると先生は「前見ててください」と言った。眼を閉じることはできないが眼球を動かすのはわたし次第なのだ。怖くて必死に前を見るようにしていた。過呼吸で手足がしびれるのを感じた。予定通り両眼で30分もかからなかったけれど、その間ずっと早く終われ終われと願っていた。


◯術後

 術後、すぐに視力がよくなっているのがわかった。裸眼なのにコンタクトレンズをしているみたいだ。おもしろくて家に帰るまでキョロキョロといろんなところを見た。術後1週間で外来受診したとき、両眼1.5と今までにないくらいの視力を記録した。グレア(光の周囲に輪が見えること)とゴロゴロ感は数週間でよくなった。それとこれは思わぬ効果だが、寝坊魔のわたしが朝起きられるようになった。寝坊で今までの人生どれだけダメ人間と思われてきたかわからない。それが解消されたのだ。理由ははっきりしないが、今まで当たり前になっていた近視・乱視の世界は思っていたよりわたしにストレスを与え、体内の時間リズムを狂わせていたのかもしれない。よくわからないが、本当に手術を受けてよかったと思っている。わたしも年をとって老眼になれば視力は落ちるので、メガネといった視力矯正がまた必要になるかもしれない。白内障になれば手術を受けることにもなるだろう。だからこそ眼内レンズの恩恵を長く受けるために手術を受けるなら早めに受けることが勧められる。気になるお値段は健康保険がきかないこともあり50万円でした。(今はもっと高くなっているらしい)高かったけれどそれだけの価値を感じています。常に緻密な世界が見れるって素晴らしい。世界は輝いていたんだ。災害時にもメガネやコンタクトレンズのことを考えなくてすむ。icl(眼内レンズ)、とにかくオススメです!

【アイドル声優とオタクの関係】ゆかりんという偶像を追いかけて

 ゆかりんこと声優であり、世界一可愛いアイドルの田村ゆかりさんのファンを続けて早10年になる。2010年頃、ゆかりんはアニメロサマーライブのトリを飾ったり、主演アニメのOPやEDのタイアップを行うなどいわゆるアイドル声優的な露出が絶頂期で、王国民と呼ばれるゆかりんファンの厚いコール(アイドルの歌にファンが合いの手を入れること)も大きな注目を集めていた。ゆかりんのライブはコールが本当に楽しくてオタクとしての一体感に酔いしれた。その後ゆかりんキングレコードを離れ、1年程CDリリースやライブを休止する時期があった。キングレコード時代にもより下の世代のアイドル声優への移行を促す大人の事情的ムーブがあり、現在は騒がしくリア充的なアイドル声優オタクというより旧世代的なおとなしいアイドル声優オタクが残ったように思う。その分コールは薄くなってしまったかもしれないが、純粋で一途なオタクが多い。私は清水愛新谷良子といった黒髪ロングでオタク気質を持つ我ら陰キャ寄りの女性声優が前から好きなので、Run Girls Run!といった最近の10代の女性声優のオタクが陽キャ大学生的なノリで騒いだり、積極的に声優さん同士のやり取りに絡んでいくのが信じられない。かといって王国民が40代以上のオタクで構成されているということもなく、意外と20代~30代が多い。王国民歴20年以上の古参の昭和的な親衛隊オタクもいるが圧倒的にソロが多い。そして若いロリータファッションの女性も多い。現代的なアイドル声優オタクのノリについていけなかった、おとなしくてコールの時にしか己を解放させることができないタイプのオタクが多い。


 われわれ王国民が誇るのはゆかりんと王国民の関係性である。元来、アイドルとオタクというのは欺瞞性に満ちた関係である。オタクはそのアイドルが大好きだからこそオタクである。しかし、アイドルの方はオタクの本名どころか存在すら知らないことが多い。それでもアイドルは「みんな大好きだよー!」と言って、オタクは「俺もー!」と言って歓声をあげる。しかしオタクだって心の底ではわかっている。存在すら知らないオタクをアイドルが好きだと言ってくれるのは、オタクがアイドルの財政や承認要求を満たしてくれるからだ。決してアイドル当人が「俺くん」を愛しているからではない。そんな欺瞞を感じながらも、お互いが必要な存在であるから「大好き」と言い合う、歪な共依存を呈している。だがゆかりんは本気で王国民のことが好きなんじゃないか、と思わせるところがある。まずゆかりんの全開の笑顔である。20曲以上生歌でダンスするのは大変なはずなのに、常に笑顔を崩さない。本来、笑顔というのは目が細くなるものであるから、アイドルたちは笑顔でありつつも目はしっかりと真開いてかわいさを維持しようとしている子が多い気がする。でもゆかりんは全力の笑顔をオタクに向けてくれる。ゆかりんは本気でゆかりんが好きだし、王国民が好きなんだと思う。特にゆかりんは王国民が好き、と確信が持てたのは2020年11月パシフィコ横浜国立大ホールで行われたファンクラブイベントでのゆかりんの言葉である。コロナ窩でライブツアーが延期になったなかでようやく行われたリアルイベントで、Sweetest Love、Rainy Rainy Sundayといったゆかりんいわく「コールが我慢できないような曲じゃなくて今のつらい状況をそっと後押ししてくれるような曲」(意訳)がアコースティックで披露された。Melodyでの「どんな道のりも朝が来るんだと信じてる 涙の跡を超えて進むんだね」という歌詞には泣かせられた。古参歓喜のセットリストだったと思う。最後のあいさつでゆかりんは言葉をつまらせながらも「もう会えないかもしれない人も、なんていうか…、(客席の上あたりの空間を指さして)この辺に来てくれたらいいと思う」(意訳)と語りかけてくれた。この言葉にはアイドルからオタクへの承認要求とか優しい嘘とかを越えた深い愛情を感じさせられた。確かにゆかりんは我々王国民が好きなんだと思う。他のどのアイドルを見てもゆかりんに会いたいと思う。ゆかりんの方がすごかった、ゆかりんの方がプロ意識を感じさせた、ゆかりんの方が歌もダンスも上手くて、衣装だって凝ってて、ステージ演出だって綺麗だった。ゆかりんは俺がいないとダメなんだ。2021年5月からコロナの影響で延期になっていたライブツアー田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2021 *Airy-Fairy Twintail*が始まる。アイドル歴20年を越えた俺たちのアイドル、ゆかりんがどこに向かうのか。推しは推せるときに推せという。これからも私は可能な限り王国民であり続けたい。

銭湯に行ったらのぞきにあって、居酒屋に女一人で行ったら塩対応を受けて、町内会に参加したら水商売の女が同伴していた話

 近頃どの町も同じようになっていき町の個性が失われているという。渋谷あたりは特に開発が進んでいて、どんどん大きな商業施設ができている。いずれ渋谷はギャルと怪しい外人が闊歩する汚い町ではなくなるだろう。昔ながらの個人商店がつぶれてできるのは、大手のコンビニやドラッグストアであり、大型商業施設にはスーパーやユニクロが入る。どの町も大型資本企業に占拠され、その町らしい古くからあるものは失われていく。だが、私の住んでいる町は昔ながらの下町であり、銭湯や個人商店、町内会といった古きよき文化が今でも色濃く残っている。


◯銭湯に行ったらのぞきにあった

 銭湯といえば減っていく一方で失われつつある文化であるが、私の住んでいる町は銭湯の数がかなり多く、その日の気分で選べるくらい点在している。普段と違う銭湯にでも行ってみようと思ったのが間違いだった。その銭湯に入ると女湯の窓が開いており、窓が公道に面していたのだ。あわてて閉めようとすると男性の通行人が2、3人くらい目が合うくらい近くにいた。この時私は裸だったので本当にゾッとした。この事を番台さんに言うと、湯気を逃がすために窓を開けている、人の通らない路地に面している窓だから問題ないと言って、全くとりあってくれなかった。人の通らない路地に面しているのに、男性の通行人が何人もいたのだ。別の目的があったとしか考えられず、本当に気持ち悪い。しかも現代は誰でもスマートフォンで録画や撮影ができる時代だ。湯気を逃がすのでも公道に面している窓を開ける必要はないと思うし、どうしても開けるなら、すだれをかけたり、生け垣をつくることだってできるはずだ。銭湯が安全で心地よいものだという前提が崩れる出来事だった。それ以来、私は銭湯に行くのをやめた。


◯個人経営居酒屋で塩対応を受ける

 吉田類の酒場放浪記という番組が好きだ。おじさんが町の居酒屋にふらっと入って飲み食いするだけなのだけど、お酒も料理もおいしそうだし、店主や常連とのあたたかいコミュニケーションもチェーン居酒屋にはないもので憧れる。私の住んでいる町も庶民的な小さい居酒屋がひしめきあっているようなところなので、一人でふらっと飲みに行くことがある。しかし、必ずしもあたたかい店主や常連に会えるわけではない。いきなり中国語なまりの店主に「アナタそれ地声デスカ?男に媚びた声、ワタシ嫌いデス」と言われたり、後ろで男性客たちに「女の子が一人で来てるよ~」みたいな陰口を叩かれたりしたこともあります。行く店が悪いのかと思い、昔ながらのおかみさんが一人で切り盛りしてるような家庭的な居酒屋に行ってきたのですが、客が私しかいなかったためか「コロナの時短営業でね、もう商売になんないよ。向かいのもつ煮屋さん行ったことあるの?もつってのは安い肉で、外国産でしょ?うちは国産のいいものしか使わないから」と店主はグチグチ言いたい放題でした。これは私の持論ですが、自分の料理や技術に過度の自信を持っているプライドの高い店は「客に食べさせてやっている」というスタンスになりがちで、それが店の居心地の悪さや全体的な質の低下につながっていきます。老舗の名店と呼ばれるような店に起こりがちです。その後も「一人で飲んで寂しくないの?」「男の人と出かけたりしないの?」などといぶかしげな顔で根掘り葉掘り聞いてきました。やはりまだ女の一人飲みは難しい時代のようです。生まれ変わったら吉田類になりたい。


◯町内会に参加したら水商売の女が同伴していた

 東京で一人暮らしをしている人で町内会に入っている人はほとんどいないと思う。でも私は子供の頃から住んでいた町で一人暮らしを始めたこともあり、町内会に入ってみることにした。子供の頃には町内会のお祭りやクリスマスイベントに参加していたこともあり、町内会に身近ないいイメージを持っていた。そして今住んでいる町の町内会に区役所を通じて入会希望を伝えると、役員の40~50代くらいの男性から連絡がきた。その男性の誘いで近くの小学校で行われるビーチボールバレー大会の見学をすることになった。大会の参加者は子供から大人までたくさんいて、世代を超えて白熱した試合をしていた。不思議だったのが、その連絡をしてきた役員男性が若い女性を連れていたことだ。私と同じように町内会に入ったばかりの人かと思い、「あなたも最近引っ越してこられたんですか?」と聞いたところ「違います」とはっきり否定された。役員男性はその若い女性にやたらと気をつかって話しかけたり、飲み物を渡したりしていた。謎の女性の正体が明らかになったのはバレーボール大会が終わったあと、ファミリーレストランで飲み会になったときのことだ。「エスカルゴ食べたことないの?だいじょうぶだよ食べてみなよ~ゆきちゃん」などと更に親しげにその謎の若い女性に話しかけていたので、その役員男性が席を外した隙に他の町内会の人に「あの人✕✕さんの彼女なんですか?」と聞いてみたのだ。すると「彼女っていうか、…ガールズバーの子だと思うよ」とのことだった。要するに、水商売の女の子にお金を払って休日をいっしょに過ごしてもらっていたのだ。気持ち悪いと思うけれど、それは個人の自由だろう。でもそれにしたって町内会の集まりに連れて来なくてもよかったのではないだろうか。その後も役員男性から何回か連絡が来たが、私が町内会に参加することはなかった。


◯銭湯も個人経営居酒屋も町内会も滅びゆくものは滅びゆくべくして滅びていく

 古くからあるからよいものとは限らない。銭湯も個人経営居酒屋も町内会も、滅びゆくだけの原因があったから滅びてゆくのだ。ファミリーマートばんざい!マツモトキヨシばんざい!サイゼリヤばんざい!近頃どの町も同じようになっていき町の個性が失われているという。それでいい、便利なのがいい。他人に無関心で、セクハラもモラハラもない。よくないものは自然淘汰され、町はこれからどんどんとよくなっていくはずだ。

医学部浪人生母親殺人事件にみる医学部受験の闇~わたしも自宅に放火しようとしていた~

 2021年3月、滋賀で医学部浪人生が医学部入学を強いる母親を殺害したという事件についての報道があった。(※1)この事件から思い出されたのが2006年の奈良自宅放火親子殺人事件だ。(※2)医学部を目指す男子高校生が父親の不在中、自宅に放火し継母とその弟妹を死にいたらしめたという事件だ。事件が起きたのは模擬試験の結果が返ってくる日だったという。この男子高校生は以前、模擬試験の結果を実際より良く伝えたことで父親にひどく怒られたことがあった。そのため、父親に模擬試験の結果を見せるのが怖くて自宅に放火したのである。この事件が報道されたとき、わたしも同じく医学部受験を志す高校生だった。塾の授業についていけずにサボったことがバレてひどく怒鳴られたこともあり、模擬試験の結果が返ってくる日は恐怖で家なんてなくなってしまえばいいと考えていた。この事件の犯人の男子高校生は少し違えばわたしだったのかもしれない。嘘をつくなといって怒られたが、そもそも怒られる恐怖から嘘をつくことになったのだ。いきすぎた締め付けが嘘をつくことにつながるのはよくあることである。高校生であっても精神的には一人の成熟した人間であり、模擬試験の悪い結果で自分の能力が低いことが露呈して、それを長時間狭い部屋で責められるのは耐えがたい屈辱だった。父に怒鳴られて1時間以上泣いて、泣き疲れて寝ていたけれどその時間を勉強に当てた方が合格に近づいていただろう。高校生にとって逃げる場所はなく、帰るところは自宅しかない。だが自宅が安全でない以上、それを壊すしかなかったのだ。そうしないと自分の魂とかプライドのようなものが失われてしまう。この奈良の事件では父親が勉強部屋をICU(集中治療室)と呼んで絶えず監視したという。湊かなえの小説、夜行観覧車でよく似た家庭内殺人が描かれており、この中では勉強部屋を手術室と呼んでいた。特に言及されていないが、奈良の事件がこの小説の原型になっているとわたしは考えている。そして、滋賀の医学部浪人生の母親殺人事件を受けて、表だっていないだけでこうした家庭は日本に山ほどあるんだろうなと思った。それほど医学部受験の闇は深い。今追いつめられている医学部受験生がいるとしたら、試験の結果だけがあなたの価値を決めるものではないと伝えたい。そして子供に医学部受験をさせる親には、医学部受験をするのはあなたの子供という一人の人間であってあなたの分身ではないと伝えたい。この滋賀の母親を殺してしまった医学部浪人生は10年の実刑判決となった。日本は、親の子殺しの罪が軽いのに子供の親殺しの罪は重すぎる。この子が母親を殺すしかない状況だったことを考えれば、もう少し情状酌量の余地があってもよかったのではないかと思う。

※1
医学部受験で9年浪人 〝教育虐待〟の果てに… 母殺害の裁判で浮かび上がった親子の実態
https://www.47news.jp/amp/5971120.html?__twitter_impression=true

※2
奈良自宅放火親子殺人事件
http://yabusaka.moo.jp/narabosi.htm

【ネタバレあり】シン・エヴァンゲリオン劇場版:||感想

 シンエヴァ見てきました。平日昼にもかかわらず満席でした。序破Qの簡単な振り返りから始まります。前作映画のQから8年たっていろいろ忘れてたのでありがたかったです。新劇ではテレビシリーズと違ってダミープラグに入れられちゃうのがトウジじゃなくてアスカだったんですよね。それじゃあなんでアスカ生きてるんでしたっけ?やっぱり今までの記憶が曖昧です。物語としては、人類補完計画を目指すゲンドウ/冬月/ゼーレといったネルフとそれを止めようとするミサト/リツコ/アスカ/マリたちヴィレとの戦いが描かれます。シンジくんはアスカ、Qアヤナミと共にニアサードインパクト後の赤くなった日本を歩いて、トウジ、委員長、ケンスケの暮らす第3村にやってきました。ニアサードインパクトを生き残った人類が細々と暮らしているようです。シンジは中学生らしくまたウジウジしてますが、14年たてばみんな大人になっておりシンジの立ち直りを優しく待ってくれます。この村の描写が長くてエヴァじゃなくてジブリの映画を見に来てたんだっけかな?と思うくらいでした。アスカはケンスケと暮らしていたようですが、いつの間にそんなケンスケと仲良くなってた?ってくらい二人の距離は近かったです。その後、シンジは自分のやったことの落とし前をつけるためにヴィレに戻ります。そして、ヴィレとネルフは始まりの場所である南極大陸下の黒き月で戦艦戦争となります。ここでの鷺巣詞郎さんの音楽が素晴らしいです。ところで、ネルフの資金源はゼーレのようでしたがヴィレの方はどこから来てるんでしょう?謎です。ヴィレはゲンドウ側の罠にはまり、使徒化したアスカと13号機によるアディショナルインパクトが起きて、人類補完計画が始まります。そしてまた巨大綾波が登場し、大量の白い首なしマネキンが降ってきます。マネキンがすべて女性体だったのはなぜなのでしょう?エヴァのキーになるのがこの人類補完計画です。人類が個人の体を捨てて魂を融合させることで生命として新しいステージにいこうね、ということですね。みんな一緒の存在になれば、孤独も悲しみもなくなるということです。これを他人と上手く接することができなかった主人公が拒否することで「他人がいてもいいんじゃないの」という結論に至るのがエヴァです。旧劇では他人がいてもいいかなと思った矢先に気持ち悪い、と他人に拒絶されてしまったシンジくんですが、新劇では少し大人になり、父親であるゲンドウと向かいあうことが出来たことで人類補完計画を否定することになりました。ゲンドウのインナーチャイルドを知り、ゲンドウから謝罪を受けたことでシンジは父親から解放され、自分だけではなく他人のことを考えられる大人になったのです。このお約束の電車描写含めた精神世界での時間が長くて、隣の座席のお兄さんは寝てました。ミサトが艦長として犠牲になるところ、古代からの人類と神の歴史を示す石板はナディアを思い出させましたね。なんだかんだでシンジは第3村に戻るのではなく「やり直す」ことを選びます。それが表題にもついているダ・カーポなんでしょうけどそれもよくわからなかったです。月にもいっぱいカヲルくんの箱がありましたし、やっぱりループなんでしょうか?加持さんがカヲルを渚司令と呼んでいたのも謎だし、破の綾波が死んじゃってるのも謎だし、結局破とQの間の14年に何があったんだよ?という元の疑問に戻りました。ラストシーンはエヴァの呪いが解けて大人になったシンジたちが私たちが住んでいるような現代的な日本の駅から外に出ていくというものでした。第3村の様子からしてそんなに早く文明が進むわけないので、ラストシーンのシンジたちは第4の壁を超えて私たちのいる世界に来たともとらえられます。劇中劇的な描写といい、視聴者にお前もエヴァから卒業して大人になれよ、とでも言いたいのかなぁと思いました。結局、旧劇と変わらない結論だったのではないか、ということでシン・エヴァンゲリオン劇場版:||の感想を終わらせていただきます。メタ的な余談ですが、マリは庵野監督の奥様がモデルになっていること、アスカはシンジにとって前好きだった人、ということを考えるとエヴァ庵野監督による究極の自己投影作品だったのかもしれません。そうすると庵野監督のお父様がどんな方なのか気になります。宮崎駿御大が風立ちぬで自身を投影させた主人公の声優を庵野監督にさせたのも、実の息子とは出来ない親子ごっこをしてるみたいで気持ち悪いな、と思っていましたが、それに似たものを感じました。なんにせよエヴァは終わりました。全てのエヴァにとらわれていたみなさま、お疲れ様でした。